ビジネス選書&サマリーから 転載 |
■ニコラス サリバン /英治出版 「牛」の代わりに「携帯電話」をひろめた男の起業物語
【1】
南アジア、アフリカ、そして中東の一部の国の発展途上国で、今力
強い経済革命が起こっている。これらの国々で劇的な経済効果をも
たらしているのが、情報通信技術だ。
ITを活用したビジネスを通じて、貧困を撲滅し、巨大市場を誕生
させるという、新たな経済開発モデルが明確になりつつある。とり
わけ急成長しているのが、携帯電話会社だ。
バングラデシュにあるグラミンフォンは、1997年に新しいサービス
を開始し、今や1000万人以上の加入者を獲得している。売り上げは
10億ドル以上。利益も2億ドルを超える。
これまでに10億ドル以上の投資を行ってきたが、競合会社も含める
と、この分野への海外からの投資は、累計20億ドル以上になる。
【2】
バングラデシュの1億4800万人の人口の大半は農村で暮らしている。
そこにグラミンフォンは、25万台のビレッジフォンを通じて、1億
人に通信手段を提供している。
ビレッジフォンを保有するのは、グラミン銀行から小規模融資を受
けた各村の女性起業家たちだ。彼女たちはビレッジフォンを村人た
ちに使ってもらい、使用料金による収入でローンを返済する。
年間所得は平均で750ドル。バングラデシュの平均所得のほぼ倍だ。
このビジネスを発案したのは、バングラデシュ出身、アメリカでベ
ンチャーキャピタリストとして働いていたイクバル・カディーアだ。
彼は36歳のとき、バングラデシュに戻って全国的な電話サービスを
始める決意をした。そして投資家を探し、起業のため奔走した。
【3】
もちろん、この一大事業は外国人投資家の存在なしには実現しえな
かった。「外国人投資家」の支援を受けて「現地起業家」が「IT」
を輸入する。この3つの力が国の成長の原動力となる。
これらの力が、厄介な政府、巨額の援助で歪んだ市場によって長く
抑圧されてきた市場を変えた。これらは、いわば経済の「外燃機関」
だった。
成熟した欧米の市場では、内燃機関がうまく働く。だが、貧しい南
の市場では、内部で活気を生み出すことができない。だから、外燃
機関が必要なのだ。
指導者が新しい成長志向の政策を確立したシンガポールや台湾、韓
国、チリなどが良い例だ。あるいは、新技術とそれにともなう権限
委譲が、人々の潜在能力を解き放った東欧も典型例だ。
グラミンフォンの場合は、国外の力が好ましい連鎖反応を起こした。
利益は再投資につながり、新たな派生ビジネスを生んだ。このよう
な競争が起こると、資本市場が誕生し、政府の改革が促される。
やがて株式が売買されるようになり、資本市場に厚みが出る。自由
化政策、規制の整備が行われ、自国の技術、起業家、国内資本から
なる内燃機関で自律的に成長するようになる。
【4】
貧困国の最大の敵、それは国内経済を牛耳る政府だ。彼らが持つ、
社会主義や民族主義、外国企業や投資家などへの反感、巨額の援助
などの要因が重なり、政府はますます肥大化する。
一方で、民間事業は抑圧され、内燃機関の働きが妨げられてしまう。
先進国は「貧困国にもっと援助を」と呼びかけているが、施しは役
に立たない。市場開放どころか、逆に歪めてしまうことが多い。
ほとんどの場合、首都近くにダムや大型発電所を建設するといった
巨大インフラプロジェクトが行われるだけだ。低所得層の国民には
なんの機会も与えられない。
だが、グラミンフォンは民間投資を活用して技術的な手段を普及、
新しい富を生み出した。バングラデシュを長続きする成長軌道に乗
せることに成功したのだ。
バングラデシュへの海外直接投資は、現在年間10億ドルに達してい
る。だが、援助はむしろ減少傾向にある。まだ実現はしていないが、
近い将来、民間の海外投資は、海外援助を追い越すはずだ。