樹木希林さんいいね〜 死ぬことは 誰かの心の中で生き続けること 朝日新聞 2018/11/29 |
「どんなに覚悟を固めていても死はどこか恐ろしい。その時に、希林さんはすべてを心得た慈愛に見守られながら旅立ちたかったのかもしれない」
だが釈迦は「役立つ人だけがいいのではない。困らせる人は己を磨く上で必要だ」と説いた。すると、希林さんは「くっくっ」と笑いながら言ったという。
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2018年 11月 29日
樹木希林さんの言葉は、なんか沁みますね。
しかし、名刺一枚受け取らないと無所有を徹底していたとは!!!大したものですね。 「死ぬときぐらい好きにさせてよ」 「生きるのも日常、死んでいくのも日常」。 独特の死生観で多くの共感を呼び、9月に75歳で亡くなった俳優樹木希林さんには、本名の「内田啓子」で私信を交わしてきた37年来の友人がいた。ふたりのやり取りからは、晩年の希林さんがたどり着いた境地の一端が浮かび上がる。 「うらを見せ おもてを見せて ちるもみぢ」 江戸時代後期の僧、良寛の辞世の句だ。希林さんと長年の友人で、何必館・京都現代美術館長の梶川芳友さん(77)はしばしばこの句について語り合ったという。 希林さんはこう語った。 「裏から始まるところがすごい。年や経験を重ねても、人間は表裏を持ち続けているという本質を見抜いた人の句ね。こうありたい」 ふたりは別の良寛の句「散る桜 残る桜も 散る桜」も好んだ。 だれにも等しく訪れる死に、人は一喜一憂するが、終わりが決まらないのに、そこに至る生き方が定まるわけがない。 「そう考えると、心強いわね。でも、死ぬことは誰かの心の中で生き続けることなんじゃないかしら」 仏画に向き合い 「孤独」を語った ふたりは、1981年に希林さんが「何必館」を訪れたのを機に出会った。定説を「何ぞ必ずしも」と疑う自由な精神を持ちたいとの願いから名付け、希林さんはこの精神に共鳴し、梶川さんと人生を語るようになったという。 「死への恐れ、定説から自由でいることの難しさも感じる。 だからここに通い続ける。ほっとするの」 「独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る」梶川さんが仏教の教えを語ると、希林さんはこう返した。 「絆も信じ過ぎるとお互い苦しくなる。孤の意識が人を育てる」 病が不幸だけなんてもったいない 病患い気づいた「生と死」は一体 ふたりは60歳を迎える頃に大病を患った。希林さんは61歳で乳がんになり、梶川さんも60歳のとき心筋梗塞でIカ月間入院した。病を経て、ふたりは別々のものだと思ってきた「生」と「死」が一体のものだと気づいた。希林さんはこう言った。 「病が不幸だけなんて。もったいない。がんは特に残り時間が読めるからありがたいわよ」 希林さんはがんを機に、「所有しない生き方」を選び、名刺一枚受け取らなかった。それなのに、2年ほど前、梶川さんは希林さんから「太子樹下禅那」の小さいサイズの複製画を求められた。 9月16日。訃報を受け、梶川さんは東京の自宅に駆けつけた。希林さんの枕元には、あの仏画がかけられていた。 「どんなに覚悟を固めていても死はどこか恐ろしい。その時に、希林さんはすべてを心得た慈愛に見守られながら旅立ちたかったのかもしれない」 己を困らせる人 私にとっての・・・・ 夫の内田裕也さんに触れた言葉もあった。 「共演者と合わなくて。あー疲れた」 晩年は丸くなったという希林さんだが、物事や人に対して厳しい人でもあり、電話でこうこぽすこともあった。そんな時、梶川さんは釈迦の弟子の一人、提婆達多の話をした。釈迦にたてつき、困らせる、みんなが彼を遠ざけた。 だが釈迦は「役立つ人だけがいいのではない。困らせる人は己を磨く上で必要だ」と説いた。すると、希林さんは「くっくっ」と笑いながら言ったという。 「そういえば提婆達多は、私にとっての裕也ね」
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| 2018-11-29 08:59
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