私の海の地図 石原慎太郎著 |
金にあかしたヨット遊びですが、彼がヨット界で開拓した道筋も大したものだと思います。
あの当時は、彼は、革命児でありました。大海に乗り出すこともない、ベテランヨット乗りから批判もありましたが、少年の頃から、老年の現在まで、ヨットを続けているというのも、素晴らしいことだと思います。そんな彼の海に関する歴史と知見を素晴らしい写真と共に味わうことができるのが、この本です!
やはり、恵まれているのは確かです、お金がなければ、できないこともあります。しかし、金があって暇があったところで、多くの人もは、ヨットにこれだけ入れ上げることはしません。そして、それを、やっかんでいてもしょうがないことです。自分でできる範囲でやるしかないものね。
コンテッサ(彼が所有したヨットの艇名=伯爵夫人)が、13世まで、あったとは、しらなんだ!!
12世があのハーショフの小生意気(笑)な17ftディンギーです。
<抜き書き>
・しかし、いかに穏やかにみえる湘南の海も、実はヨットという板子一枚の上に帆を張って走るスポーツにとっては、所々厄介な難所を構えた油断ならない、やはり、海は海であって、ヨット乗りの認識であろうが、ほぼ平坦にみえる湘南の海にもいろいろな罠が自然の力で仕掛けられている。
・海は至る所で美しく危うく私を引きつけて止まない。それ故に海は海なのだ。
・なお素晴らしいのは、冬にここに訪れて温泉の中で焼酎を飲みながら、これも新島の名産のひとつくさやを焼いて囓りつつ、沖合にかかる月を眺めながらする入浴は、人生の至福というよりない。
・誰しも旅はいいものだと言うが、しかし、海の旅はやはりある選ばれた者たちにしか出きぬ、人生の醍醐味に違いないことを、吐噶喇列島はしみじみ味わせてくれる、素晴らしい人生の背景だ。
・(小笠原)南島という宝石をちりばめたような、まさに秘境の存在は実際にこれを目にした者しか理解できぬ、人間の常識を超えた奇跡のような存在だと思う。
・なんとか布施田の水道を通り過ぎてたどりついた英虞湾は、聞いていたとおり、深い入江の中に無数の真珠の養殖の筏が散らばった真珠の名所
・大王崎はあの航海のいわば、いささか大げさな良いようかもしれないが、あのアフリカの先端にある喜望峰に似て、初心のヨットマンにとって、初めて試みた冒険の航海の思い出のシンボルとして、いまだに忘れることが出来ない。
・誰しも旅はいいものだと言うが、しかし、海の旅はやはりある選ばれた者たちにしか出きぬ、人生の醍醐味に違いないことを、吐噶喇列島はしみじみ味わせてくれる、素晴らしい人生の背景だ。
・(久米島)海の中といい、山の渓谷といいい、街での行事といい、あの不思議な島にはなんでもあるものだと感心した。
・西表島が亜熱帯の島として備えたその個性に溢れた魅力は他の日本の島と較べても際だったものだと思う。いずれにしても、西表島は沖縄本島の未開の山原に並んで、未開未知の野趣を存分に備えた素晴らしい別天地だ。
・(書斎からの眺め)いずれにしろそれを含めて、目の前に広がる逗子湾の表情の変化には見入って飽きることはなかった。
・自分の書斎でひとり座りながら、海のあるときは微妙な、あるときは荒々しい変化を眺めることができた人間は多分、この日本で私たったひとりではなかったかと自負さえしている。それは思い返すも懐かしい、心ときめく私自身の時の時だった。
・海は私の人生の光背だった。海なしには私の人生はありえなかったともいえる。・・・遭難寸前のレースも何度か経験するうちに海とは離れがたい人間になってしまった。外国のレースにも何度かは出たが日本の海ほど変化の激しい、恐ろしくも美しい海はないと悟るようになった。
<< 耆(ろう)に学ぶ~今に生きる者... | 2025年問題識者に聞く 「誰... >> |