パリ同時多発テロ 誰のために、祈るのか 作家 高橋 源一郎さん 朝日新聞 |
テーマは野球。野球を知らない女の子たちに男たちが野球とは何かを教えてゆく。その過程で、日本と韓国の相克の歴史が浮かび上がってくる。アメリカを発祥の地とする「野球」によって翻弄される、日本と韓国という二つの国。ふと気づくと、そのか弱い女の子ふたりが、同じ苦しみを持つ二つの国そのものに見えて、寂しい、切ない思いで、わたしの胸はいっぱいになった。
野球がテーマでありながら、この劇の中で、野球の試合は始まらない。その前に考えなければならないことがたくさんあるからだ。
野球は「Play ball!」(試合開始!)の一声で始まる。だとするなら、この劇は「Don't play, think!」(野球を始める前に、考えて)と訴えているように思えた。
パリ同時多発テロが起こった後、ツイッターに、次のことぱを大きく刻みつけた人がいるのを見つけた。偶然だろうか、そのことぱは、岡田の劇のそれと響き合っていた。
「Don't pray, think」 (析る前に、考えて)
凄惨なテロの後、おびただしいことぱが、まずネットの上に現れた・怒り、憎しみ、当惑、混乱、懐疑。死者たちを悼む声、「イスラム国」への憤りの声、自分たちの無力さを嘆く声、あるいは、こんな世界にしてしまった真の原因を探ろうという小さな声。
たとえば、中東研究者の酒井啓子。その思いは、「パリとシリアとイラクとベイルートの死者を悼む」というコラムのタイトルに直截に現れている。
「ベイルートもパリも、『イスラーム国』との戦いの延長で、テロによる報復にあった。だが、その二つは受け取られ方の点で、大きく違う。ひとつは、ペイルートでの事件が、欧米メディアのなかでかき消されていること……ふたつ目は、フランスが『イスラーム国』との戦いに深く関与していることが覆い隠されていることだ」
「(先進諸国が)『テロとの戦い』と主張してやっていることは、ただ攻撃と破壊だけである。攻撃のあとにどういう未来を、平和を約束するのかへの言及は、ない。反対に、同じ被害者である難民を拒否し、『テロ』予備軍とみなす。
『テロとの戦いで国際社会は一致する』というならば、その被害者すべてに対して、共鳴と連帯の手を差し伸べるべきではないのか」
祈るな、といっているのではない。析るべきだ。その思いは共有している。けれども、誰のために、なのか。そして、祈ることが、何かを忘れることに繋がりはしないのか。そのことをおそれる気持ちが酒井の文章には、あった。
フランスのオランド大統領は、「非常事態」を宣言した後、歴史的演説を行った。いま、フランスでは、憲法改正や「人権制限」が公然と論じられようとしている。だが、その一方、1年ほど前にフランスが「イスラム国」への空爆を開始した時、そのことが孕む危険性ゆえに反対した政治家たちのことばが、もう一度読まれだしている。
「我々は過去の経験から知っている・・・軍事介入はテロを根絶するのでなく、テロの土壌をつくってしまう」と元首相のドビルパンは語り、
「以前よりもはるかにひどいカオス・混沌が軍事介入によってもたらされる」と元大統領選候補のメランションはいった(e)。
だが、彼らの警告は無視された。いま世界は「ひどいカオス・混沌」の中に落ち込んでゆこうとしているように見える。もしかしたら、それこそが、テロリストたちが望んでいた結果なのかもしれない。わたしたちが、憎しみと恐怖で混乱することが。
テロで妻を亡くした男性がFB(フェイスブック)に書いた文章が世界に流れた。わたしは、その文章をNHKのニュースでアナウンサーが朗読するのを聞いた。どんなニュースより聞かれる必要がある、とわたしたちは感じていたのだ。彼はこう書いている。
「君たちに憎しみという贈り物はあげない。君たちの望み通りに怒りで応じることは、君だちと同じ無知に屈することになる」
ほぽ同じ頃、ひとりのインド人のモデルの女性が詩を、やはりFBに投稿して、大きな反響を呼んだ。メディアや世論の「大きな声」ではなく、親密な、個人の声がいま緊急に求められている。そこに、世界を混沌から救う論理があるかもしれないから。
「パリのために祈りたいなら折りなさい
でも 祈りを捧げられることのない
もはや守るべき家すら持たない
世界の人びとにも
多くの祈りを
馴染みの高層ビルやカフェだけでなく
あらゆる面で 日常の何かが
崩れ去ろうとしている
この世界に祈りを」
Pray,and think.
私が、気になったこと!
1.中東研究者の酒井啓子は、「ベイルートもパリも、『イスラーム国』との戦いの延長で、テロによる報復にあった。だが、その二つは受け取られ方の点で、大きく違う。ひとつは、ペイルートでの事件が、欧米メディアのなかでかき消されていること……ふたつ目は、フランスが『イスラーム国』との戦いに深く関与していることが覆い隠されていることだ」
2.「(先進諸国が)『テロとの戦い』と主張してやっていることは、ただ攻撃と破壊だけである。攻撃のあとにどういう未来を、平和を約束するのかへの言及は、ない
3.1年ほど前にフランスが「イスラム国」への空爆を開始した時、その孕む危険性ゆえに反対した政治家たちのことばが、もう一度読まれだしている。
「我々は過去の経験から知っている・・・軍事介入はテロを根絶するのでなく、テロの土壌をつくってしまう」と元首相のドビルパンは語り、
「以前よりもはるかにひどいカオス・混沌が軍事介入によってもたらされる」と元大統領選候補のメランションはいった。