解散・総選挙 真に問われるのは 佐伯啓思さん 寄稿 朝日新聞 |
多分、出しても、国民には、まだ受け入れられないと思いますね、世論調査でも、40%以上が景気対策を求めていますから。
いささか唐突で奇妙な解散・総選挙である。しかしそれは、当初、野党が批判していたように、大義も争点もない、ということではない。確かに争点は見えにくい。しかし、争点を作り出せなかったのは野党の責任である。そもそも野党が解散に反対というのも奇妙なことで、これでは野党は与党の政策を暗黙裡に支持していることになってしまいかねない。
一応の争点は、安倍政権2年の信認であり、その中心になるのは、いわゆるアベノミクスの評価である。しかしこれが争点になりにくいのは、アベノミクスを批判する側が、それに代替する政策を打ち出せないからである。多くの者がアベノミクスによるデフレ脱却と景気回復に対して一定の評価をしつつも、今後の展望については確信を持てないでいる。しかもアベノミクスはこれからが正念場であるとなれば、その是非をここで決するのも難しい。
だがここには実はきわめて大きな争点が隠されている。にもかかわらず誰もそれを正面から取り上げようとはしないのである。
アベノミクスは第1の矢(金融緩和)と第2の矢(町政出動)によって一定の成果はあげたものの、十分な内需を生み出せない。どうしてか。もともと日本の長期にわたるデフレ経済の構造的な原因は、円高や改革の遅れによるのではなく、人口減少・高齢化社会の到来とグローバル化にこそあったからだ。
前者は、当然ながら市場を縮小させるし、後者は新興国との競争圧力によって賃金を低下させ、これもまた需要を低下させる。これでは、いくら異次元の量的緩和を行っても内需拡大にはつながりにくい。それどころか、余剰資金は金融市場で再びバブルを引き起こしかねないのである。
したがって、日本のおかれた経済上の困難は、人口減少・高齢化によって市場の拡大が望めず、しかも社会構造が大きく変化するという現下の状況への対応と、グローバル市場で生じている世界的な規模の激しい競争へ向けた戦略が両立できない、という点にこそある。この困難を前にした選択肢は基本的に次のふたつである。ひとつは、いっそうの規制改革を推進し、戦略的産業を打ち出し、過激化するグローバル競争のなかであくまで経済成長を追求するという方向である。もうひとつは、あえてグローバル競争と成長主義から距離をおき、安定した地域や社会や国土を確保してゆく、という方向である。
これはただ戦賂的な問題でもなく政策上の対立でもない。それは、いささか荒っぽくいえば、グローバル化VS反グローバル化、成長追求主義VS脱成長主義、市場中心主義VS脱市場主義、効率第一VS安定性といった価値の選択なのである。いずれの価値の上に日本社会の将来像を構想するか、という選択なのである。私は後者を軸に据えるべきだと思う。急激に人口減少・高齢化へ向かう、かくも豊かになってしまった日本は、もはや成長追求型で競争主義的な価値観によって支えられる社会ではない。「その次」の社会像を提示してゆかなければならないのである。しかし、安倍政権も野党もそれをできないでいる。アベノミクスの軸足は、現在、グローバル競争に勝てる成長戦略という第3の矢におかれているが、真に重要なことは、与党も野党も「その次」の社会像を提示することである。