落合さんが野球殿堂入りしましたので、続々編です。 |
・落合が日本で同じことをやろうとするとバッシングになってしまうのだ。それは、落合にとって不幸というよりも、日本にとって不幸だと思えてしかたがないのである。
・ファンサービスについて落合監督は、「最近、ファンサービス、ファンサービスと言われるが、球場に来て頂いた方に、勝って気分よく帰ってもらうことがファンサービス。勝つこと、優勝することしか考えていません」
・それでも「好かれる道」にいかないのは、そんなことをしたら、自分というものを捨てることになると思っているからではないか。
・その本物の面白さに気づこうとせずに、「さあ、わたしをたのしませてよ。私にサービスしてよ」と寝そべっているような日本人は、この先、何ひとつ自分で生きる喜びをみつけられないということを思い知るべきなのである。
・そこまで、落合監督が徹底して寡黙になるのは、すでに書いてきたように、監督の言葉に過敏な選手たちへの配慮や情報管理、要は「勝つために黙る」という姿勢を貫いているからだ。
・「必要なことがあれば、グランドや監督室で話せばいい。なにもわざわざ一緒に飯を食うことはないだろう」
・記者たちや選手たちと一緒に飲みにいったり、リップサービスしたりして仲良くしているより、とっとと家に帰って明日の試合のことを考え、勝って成績を上げること。それが「落合力」なのである。
・「あとは一切文句言ったことがない。うまい、まずいっていうのは個人の嗜好だよね。文句言ったら、みんなイヤは気になるじゃない。自分には合わなかったというだけで、それを美味しいと思っているひともいるんだから。気にいらなけりゃ、次は来なければいいんだ」
・GDPは中国に追い越され、このままズルズル落ちていきそうな日本を救うのは「死んでも一番になってやる」という「落合力」しかないのである。
・「投手交代は、一番ブーイングを浴びる場面。罵声を浴びる仕事は俺一人で十分だよ」
・落合監督が指揮官としてチーム内の信頼を得ているのは、要は「プロとしてやるべきことをやり、しっかり結果を出せば、一言も文句は言わないし、適正は評価も与える」というシンプルで、分かりやすい方針だ。
・「力のあるものは、若くても、40歳を過ぎていても使う。残念ながら評価される選手と人気のある選手は違う。野球で飯を食っている。テレビに出て飯を食っているわけじゃない。われわれは派手なことは求めていない。(中日新聞「読む野球」)
・この序章で、どこにいても生きていける力を磨いていったことが、「落合力」の骨格となっていったことは想像に難くない。
・日本の野球選手としてはじめて1億円プレーヤーになり、FA宣言第一号選手となり、中日の監督として打ち出した落合の野球は、あの川上哲治をして、「こんな監督はプロ野球史上、だれもいなかった。彼こそ日本の野球を変える人間だ」と言わしめた。
・そういう危険をおかしてまで決断できるのが落合博満という男なのだ。その勇気と決断力は、あの伝説の投手交代劇を語るときに、けっして欠かしていけない視点なのである。
それにしても、あの時の岩瀬。顔面蒼白でマウンドに上がって行きましたよね。「そこで抑えられるんだから岩瀬はすごいんですよ。あの場面については他のことはともかく、岩瀬選手のことがもっともっと評価されるべきだと俺は思うよ」と落合。