やがて消えゆくわが身なら 池田清彦著 その3 |
こんなことをさらっと言えてしまうのが凄いですね。
・自分の子供といえども、その存在に対して責任や義務はないのだから、楽しくつき合えればそれで十分だと私は思う。
・さしあたって食うに困らないのであれば、イヤなことはなるべくやらない方がよいという考えだってあると思う。
・あるシステムから何らかの要素を取り除く。あるいは何らかの要素をつけたす。するとシステムはどう変るか。外来種の問題もアメリカのイラク信仰もグローバリゼーションも結局はそういう問題である。これは典型的な複雑系の問題だから、答えはやってみなければわからない。その結果システムが変われば、システムの境界条件もルールも変わってしまうため、もはや元に戻すのは不可能になってしまう。
・グローバリゼーションは世界を均一にすると思っている人がいるかもしれないが、それは多分間違いである。未来は今より不透明になるに違いない。生きているとは、そもそもそういうことなのであるから、面白いと思う他ないけどね。
・歳をとるということは、今まで何ということもなしに行えたということが徐々にできなくなってゆくプロセスである、と高田宏がどこかに書いていたが、スキーもあきらめた、山登りもあきらめた、あれもこれもできないといった果てに、最後まで残るのは食うことであろう。
・ハンチントン病の診断について 知ることの大切さはいつも理解してきたつもりです。そして、それだけを求めて今まで前に進んできたのに、今になって真実というものがこんなに複雑なものだとということに気付くとは、本当に皮肉なものですね。
・人は働いて金をかせぐために生きているわけではない。
・生物が生きるということは、他種や他個体とコミュニケーションしながら変化していくということだ。・・・しかしすでに侵入して混血児まで作っている高等生物の命を奪ってまで、私の気分を満足させようとは思わない。
・我々が有している人間らしさを守るべきといういった話は何の根拠もないことになる。たとえば、2百万年前のヒトが、その時点での人間らしさを守り通したら、現在の我々は存在しないのだから。
・不自由になった自分の身体に心が納得して、その範囲内で生きられる限り、ヒトの精神はまだ自由であり得る。しかし、誰かに日常生活をめんどうみてもらうとなるとそうはいかない。・・こうなった老人は野垂れ死ぬべきだと私は思うが、国家という名の好コントロール装置は、パターナリズムの奴隷として老人を飼い続けることを欲するのだ。
・金のないボケ老人は長く生かしておいてももうけにならないから、きっと早く殺してくれるにちがいない。ステキじゃないか。だからお金はない方がよいのである。
・前にも書いたように、人類は完全なる野生動物だから、十五や十六の女がセックスをするのは自然現象以外の何ものでもない。自然現象を法律で禁止したり強制したりすることは不可能だということは小学生でもわかる。
・浮気をしていたり、着服をしている人でない限り、人に知られて困るようなプライバシーを持っている人は実はあまりいない。保護されて得する個人情報を持っているのは一握りの特権階級の人だけなのだ。
・日本はヒデエ国になりつつある。イラクで人質になった人に対する官民をあげてのバッシングのことだ。人は政府の意向など気にせずに行きたいところへ行く自由がある。当たり前のことだ。