田坂広志 「風の便り」 ふたたび 第126便 |
田坂広志 「風の便り」 ふたたび 第126便
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「記録」と「記憶」の狭間
遠い昔、米国の知人を訪ねたときのことです。
夕方、彼は、私を誘い、
近くの小高い丘の上に連れて行ってくれました。
そこは、アリゾナの砂漠に沈む
素晴らしい夕陽を見ることのできる場所でした。
その沈む夕陽のあまりの美しさに、
思わずカメラを取り出し、写真を撮ろうとした私に、
その知人は、静かに、語りかけました。
この夕陽は、
写真に残すのではなく、
あなたの心に残してください。
素晴らしい風景を見るとき、
その知人の言葉を、思い出します。
我々は、美しい風景を見るとき、
しばしば、夢中になって、
それを写真やビデオに残そうとします。
しかし、そうして一生懸命に
その景色を記録したあと、
ふと、気がつきます。
心の底から、味わい、
心の深くに、記憶する。
そのことを忘れてしまったことに、
気がつくのです。
この一瞬を、未来へ残そうとするあまり、
この一瞬を、心に残すことを忘れてしまう。
それは、
記録という営みと
記憶という営みの狭間にある、
密やかな陥穽なのでしょう。
2004年5月17日
田坂広志