昨年は明治維新150年。今年は、琉球王国が解体されて沖縄県が設置された年から、つまり、沖縄が近代日本国家に組み入れられてから140年です。

 日本の近代化の動機は「攘夷(じょうい)=外国を追い払うこと」でした。ペリーの米国艦隊が浦賀に現れ、攘夷論が吹き荒れます。でも、列強と戦う力がない。だから「富国強兵」が明治日本のスローガンになります。長大な海岸線を守りきれないから、外に「防波堤」が必要ということで、手始めに併合されたのが琉球でした。力をつけると、今度は韓国を併合し、次は旧満州。東南アジアにも出ていって、ついに米国と衝突しました。

 太平洋戦争末期の沖縄戦。作戦を立案した陸軍参謀に戦後インタビューしましたが、彼は戦闘を長引かせた結果、県民の4人に1人が亡くなったことについて、全く悪びれていませんでした。当然なんです。本土決戦の時間稼ぎのための「防波堤」なのですから。

 歴史小説家の司馬遼太郎さんと昔「日本人の精神はいまだに攘夷だね」と一致したことがあります。外国との付き合いが下手で、領土問題に過敏。たとえば尖閣諸島を守るためには、沖縄に米軍基地の重い負担を負わせても仕方がないと考える。今も「防波堤」の発想です。

 100年ほど前の夏目漱石の小説に、ロシアの極東進出をやたら恐れる「恐露病」という言葉が出てきますが、今は中国を怖がる「恐中病」といったところでしょうか。

 沖縄戦で全滅した海軍守備隊の司令官が、最後に東京に打電した有名な言葉があります。「沖縄県民斯(か)く戦へり 県民に対し後世特別の御高配を」。なのに私たちは今も、沖縄を犠牲にし続けている。辺野古の映像を見るたび、いつもこの言葉を思い出します。