綾戸さんのお母さんの教え 日経新聞 |
そして高校生の時、一人であこがれの米国へ行く。
「十カ月おなかにおったけど、出てからはあんたはあんたやからな」。親子でも別人格、という母の考えは一貫していた。娘を止めるのではなく「レイプされそうになったら、させなさい。強盗に遭ったら、お金を出しなさい。お腹がすいたら、盗んででも食べなさい。泥棒に入られたら、寝たふりか目が見えない振りをしなきい」と異国の地で生き抜くことを誓わせ、力強く送り出した。
綾戸は「母のおかげで今のステージがある」と言う。二時間で二十曲歌い、ピアノを弾き、コミカルに踊り、さらに軽快なトークで沸かせるその集中力は、母の一挙手一投足を見つめ続けた子ども時代に養われた。
「歌いだしたから、急には止まれない」。底深く、力強い声は、どこまでも優しい。智絵から、智恵へ。五十歳を機に母からもらった本名に戻した。