カーネーションの脚本家はいいものを持ってますね!小さく地味なこと 積み重ねながら 死や老い見つめる |
「震災は大勢の人が巻き込まれるから特別のことと感じるんですが、日常でも病気や事故で人は亡くなる。個人のレベルでは一つのことだと思います。死や誰かを失う苦しみからは誰も逃れられない。みんなが当事者だからみんなで考えよう、と。1人で持つには重い石でも隣に誰かいるだけで軽くなりますから」
「不幸や不条理に立ち向かうには、すごく地味なことをコツコツやっていくしかない、という感じがし
ませんか。あるところに大きな救いがあって、そこに自分も回収される、というのは絶対うさんくさい
し、本物じゃない。小さくて地味で一見、『これかよ』みたいなこと。
「大人だって本当は、誰かの役に立ちたいと強く願っているのですが、なぜか『こんなことやったら、かえって迷惑かな』などと考えてしまう。大きな災害が起きると、心の奥の素直な気持ちがすっと表に出てくる。映像を見て涙を流したり、ボランティアをしたり、寄付をしたり。人の力になりたい、という気持ちが満たされた時、人は自分自身の価値を見いだせる、と思います」
「小篠さんの座右の銘に『与うるは受くるより幸いなり』という聖書の言葉があります。お年寄りにしか与えられないものがいっぱいある。私たちもお年寄りに与え、一緒に生きることで、自分の中で育てられるものがある。糸子はしょっちゅう仏壇に手を合わせ、故人に話しかけます。そんな日常を送った人は『自分が死んでもそうしてもらえる』と信じながら死んでいけると思います」