噛みきれない想い そのⅤ |
・「待つ身が辛いかね、待たれる身が辛いかね」、(太宰が、借金を工面すると言って、壇一雄を残して、帰って来ず。そして、やっと見つけた太宰を責めた時に太宰が言ったことばだそうだ)
・「医療では、ずいぶん患者に,無理を強いる。実は、獣医学のほうがずっと、相手である動物の意志を尊重している。それは動物にがまんをさせるということがむずかしいからである。・・・獣医さんたちは、動物の気持ちを察するためにたいへんこまやかな心のアンテナを持っておられる方が多い」。
・「多くの看護は、『自分はこんなになりたくない』という本音を隠しもちつつささえている。でも、『じぶんもこんなになりたい」とおもえるかどうか、そこにこそ認知症介護のすべてがかかっているのではないでしょうか」。
・もののはずみは、いのちの弾みでもある。
その偶然にひとは翻弄されるばかりだが、ときにそれを頼みにすることもできる。そして、偶然をうまく受け容れられるように身を柔かくしておく、いろんな可能性をつかめるように守備範囲を広げておく、そんな余裕が「いいかげん」ではなく、「良い加減」のケアに、多分つながる。
・すべては見えない場所で処理されることになった。いのちはもはや知覚可能なプロセスではなくなった。これは、いいかえると、わたしたちがじぶんのいのちの面倒をじぶんでみられなくなったということである。システムの信頼と交換に、その能力を失ったということである。
・いのちの重さを身にしみて受け止めるには、一つのいのちを独りで引き受けなければならない。「このいのちはおまえに託す」。そう言われた子どもは、一つのいのちを預かることの重さ、怖さを痛感するだろう。・・その子は餌(?)のこと、眠りのこと、排便のことが気が気でなく、ちょっとしたら一睡もできないかもしれない。一つのいのちを預かることがそれほど、怖いことだと、きっと子どもは思い知る。そのときだ、子どもがはじめていのちというものはみなが助けあいながら世話するしかないことに気づくのは。そしてそのとき、人間における老人介護もまただれか一人に任せてはならないことにおもいいたるだろう。
・教育は教えることではないとおもう。そうではなくて見せることだとおもう。
・子育てと教育は、学校という制度ができるはるか先から、人びとが試行錯誤しながら、長い時間をかけて培ってきた<文化>としてある。その文化を、地域社会というものがいろんな面で力を削がれてきているいまの社会のなかで建てなおすことが求られている。次の世代を担うひとをそだてるのは、わたしたち全員の仕事だ。
・学ぶというのは、自分のしらないことを知るということだ。自分が砕け散るという体験なくして、「学ぶ」などということはありえない。まっすぐ逸れなく(?)進むというのではなく、躓く、揺れる、迷う、壊れる・・・ということ、「学び」は、そこからしかはじまらない。その意味では、落ちこぼれも挫けもまた大事な「学び」だ。
・明治のはじめ日本を訪れた西洋の賓客は、他者への礼儀がしんとうしているこのような「優美な」社会にわれわれがつけ加えるものはなにもないと感服したという。他者の立場になれるということ、これをおいて道徳の基本はないとおもう。
鷲田さんの本は、漢字がすくないので、筆記するときに困りますね。